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満員の聴衆が見守る中、千秋が指揮者でなく、ピアニストとしてAオケと共演したのはあの名曲、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」だった。どうせ学生ピアニストだから、と当初は軽視していた招待客の一人、及川光博扮する音楽評論家の佐久間学も熱狂的な拍手を惜しまなかった印象的なシーンだ。 今宵はそんな千秋さながらの熱い演奏を、実際のライヴステージで繰り広げたイギリス出身のピアニスト、スティーヴン・ハフ(b1961)の凄演ライヴ録音を。会場から割れんばかりの拍手と歓声がそれを物語っている。共演はアンドリュー・リットン指揮、ダラス交響楽団による演奏('04年4〜5月録音、ユージン・マクダーモット・コンサート・ホールにてライヴ収録、ハイペリオン輸入盤)。 以前もタマーシュ・ヴァシャーリのロマンティックな名盤や、クールで洗練されたボリス・ベレゾフスキー盤等の録音をエントリーしてきたが、スティーヴン・ハフの演奏は同曲のマイベスト盤であり、自分が所有する全ディスクの中でも上位ランキングを占める一枚。 ラフマニノフの協奏曲の原点に立ち返り、自己の理想とするラフマニノフ像を打ち立てた名演。一つの基軸を打ち出した演奏ともいえるだろう。 幸いにもライナーノーツの日本語版に、スティーヴン・ハフ自身が寄せた貴重なコメントがあるので引用してみたい。演奏家の言葉というのは音楽評論家とは違う意味で説得力がある。彼はまず最初に、現代のラフマニノフ演奏に疑問を投げかけている。 「・・・現代のピアニスト達の演奏には、本当に当惑してしまった。ラフマニノフの演奏に見られた特徴的なルバートはどこへ行ってしまったのだろう?常に熱っぽく前に進もうとする、柔軟で流れるようなテンポは?旋律と対位法を形成するかのように、色彩豊かに移り変わる和声を形作る、じらすような、陰影の濃い内声部の動きは、どこへ行ってしまったのだろう?そして、弦楽器が生み出す“ポルタメント”は?」 テンポに関して彼は次のように言及している。 「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第1楽章の第1主題を演奏するにあたって、夥しい数のリタルダンドを加えながらあまりに遅いテンポを採ると、数あるピアノ協奏曲の中でももっとも長い旋律が分断され、固着してしまい、その結果第2主題から、休息と感傷という自然な居場所が奪われてしまうことになる。」 実際このライヴでは、冒頭から快速なテンポ。常に前に進もうとする推進力を重視している事が伺われる。もちろん、それを支えるヴィルトォーゾなテクニックがあるからこそ、成せる技だが・・・。しかしながら甘美な第2主題のロマン性は失われる事はない。むしろ、音楽が停滞する事なく、熱情度も一層増している。 そして、スティーヴン・ハフのラフマニノフ演奏の向き合い方についてはこう記している。 「ラフマニノフ自身の録音をそのまま真似して演奏しても、音楽にとっては何の役にも立たないだろうし、芸術的にもほとんど興味が持てないものとなるだろう。重要なのは、当時のピアノ言語(ラフマニノフとその同時代の作曲家たちの言語という意味だ。彼らは、それぞれが独自の個性を持ってはいたが、共通の“節回し”も数多く持っていたのだ)を理解し、それに習熟することである。そうすれば、私達は本物の語彙とイントネーションで、自分自身の言葉で語り、歌うことができるのである。」 素晴らしいのは自分の中に持っているラフマニノフ像を演奏で見事に実践していることだ。ため息が出るばかりに美しい2楽章や、終楽章のクライマックスの感動的な盛り上がりは言うまでもない。スティーヴン・ハフのラフマニノフ像を自らピアノ弾きでもあるアンドリュー・リットン&ダラス響が見事なサポートで応えているのも特筆すべき点だ。 先日iPodにこのスティーヴン・ハフ盤を入れて朝の通勤時に聴いていたが、終楽章の終結部のクライマックスでは思わず目頭が熱くなってしまった。これから仕事が始まるのに朝から音楽に感動している自分がいるなんて・・・そんな経験は初めてだった。願わくばスティーヴン・ハフの来日公演のチャンスを是非望みたいものだ。 |
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